マインドフルネスと日本人

日本人の死生観や世界観に関する興味から、日本古来の宗教「神道」や、日本古代史の代表的文献「古事記」について調べていたのですが、その経緯で、縄文時代以前に存在したとされ、学術的には捏造の烙印を押されている「カタカムナ」文字とその解読に関する書物を知りました。

 

この「カタカムナ」文字の解読のカギとなったのが、古事記に出てくる日本の神(天皇)の名前と系譜が同じ順番で記載されていたからだとのこと。詳細は割愛しますがご興味ある方はググってください。

 

仮にそうだとすると、古事記は古代の「カタカムナ」文化の伝承と言えるかもしれませんね。

 

ところで私はその真偽より、その書物で語られ、神道にも繋がる、日本の神観に強く興味を持ちました。

 

日本の三種の神器は、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙の剣(くさなぎのつるぎ)です。

 

これらの原器はそれぞれ、勾玉は皇室、鏡は伊勢神宮、剣は熱田神宮に保管されているそうです。

 

日本の多くの神社にご神体として鏡が安置されているのは、八咫鏡を起源としたものと考える説があります。

 

神社で神として参拝する鏡には自分自身の姿が映る、つまり、神は自分自身の中にあるのだという考え方は、仏教において仏(宇宙の真理)は自分の心の中に存在するということと同じなのかもしれません。

 

仏教由来のマインドフルネスは表面的には呼吸法や感覚の訓練と見えますが、これを深めていくと、自分の心の中に真の自分(真理)を探求することに繋がっています。

 

時代や場所が異なる(文明とともに発達した)宗教で、その言わんとするところ、つまり真理が同じであることに不思議な感銘を受けた経験でした。