マインドフルネスのトレーニングを論理的に表現する

マインドフルネスとは「気づき」であるといわれます。

 

自分自身の心の有り様(しくみ)に気づけば、心が暴走しないように手なずけるられるようになります。

 

そのために、日々トレーニング(実践)をおこなうわけですが、このトレーニングの理屈について解説している論文がありますので、一部をご紹介します。

 

引用先は、精神科治療学第34巻第1号(2019年1月)に掲載されている「うつ病治療としてのマインドフルネス」(慶應義塾大学医学部 精神・神経科学教室 澤田恭助氏 藤澤大介氏) です。

 

・・・人間の情報処理のモードにはする事モードとあることモードの二つがあるとされる。することモードは(中略)例えば仕事をする時に、未来について考え、目標を見据え、そこに至るまでの手順や段取りをあれこれ思考するモードである。一方、あることモードは(中略)例えば食事であれば、その風味、味覚、口の中での感覚身体の反応といった直接的な感覚を、そのまま感じ取ることを意味する。(中略)マインドフルネスのトレーニングは、あることモードで物事に接するあり方を、意識的に訓練しながら、自分の心にある二つの代表的なモードに気づき、その一方から他方へ移るスキルを学ぶ手段の一つとも考えることができる。当時、ジョン・カバット・ジンにより開発され、慢性疼痛の患者に効果をあげていたマインドフルネスは、脱中心化のための技術を教え、気分の低下を患者が自覚できるような訓練であり、反芻的思考と感情との悪循環を持続させてしまう情報処理チャネルの資源を奪うような技術である。・・・

 

いかがでしょう。論理的思考になじんでおられる方には、多少なりともわかりやすいのではないでしょうか。

 

ではまた。