マインドフルネスと日本人

日本人の死生観や世界観に関する興味から、日本古来の宗教「神道」や、日本古代史の代表的文献「古事記」について調べていたのですが、その経緯で、縄文時代以前に存在したとされ、学術的には捏造の烙印を押されている「カタカムナ」文字とその解読に関する書物を知りました。

 

この「カタカムナ」文字の解読のカギとなったのが、古事記に出てくる日本の神(天皇)の名前と系譜が同じ順番で記載されていたからだとのこと。詳細は割愛しますがご興味ある方はググってください。

 

仮にそうだとすると、古事記は古代の「カタカムナ」文化の伝承と言えるかもしれませんね。

 

ところで私はその真偽より、その書物で語られ、神道にも繋がる、日本の神観に強く興味を持ちました。

 

日本の三種の神器は、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙の剣(くさなぎのつるぎ)です。

 

これらの原器はそれぞれ、勾玉は皇室、鏡は伊勢神宮、剣は熱田神宮に保管されているそうです。

 

日本の多くの神社にご神体として鏡が安置されているのは、八咫鏡を起源としたものと考える説があります。

 

神社で神として参拝する鏡には自分自身の姿が映る、つまり、神は自分自身の中にあるのだという考え方は、仏教において仏(宇宙の真理)は自分の心の中に存在するということと同じなのかもしれません。

 

仏教由来のマインドフルネスは表面的には呼吸法や感覚の訓練と見えますが、これを深めていくと、自分の心の中に真の自分(真理)を探求することに繋がっています。

 

時代や場所が異なる(文明とともに発達した)宗教で、その言わんとするところ、つまり真理が同じであることに不思議な感銘を受けた経験でした。

この世界はすべてつながっている

ここのところ時間があったので、Web上の気になる記事をピックアップしていながら未読だったものを読んでいましたら、In Deep の2017年9月12日記事『太陽と人間と地球の間に存在する永遠のシンクロ : 最近の研究でわかった「すべての人類の心臓のリズムが地球規模で同期している」ことと共に、「太陽と地球と全人類は常に磁場を介して同期している」こと』にあたりました。

 

記事中で詳細に紹介されていますが、簡単にいうと、《太陽活動》と《地球の発する共振》と《人間の体内の自律神経のリズム》が、すべて同期していることがわかった、というものです。

 

私は、この記事から「人は宇宙の中に個別に存在するものではなく、宇宙の一部なのだな」ということを西洋科学的にも再認識しました。

 

全体の一部であるということは、つながっているから一部なのであって、切り離せないものは全体でもあります。

 

マインドフルネスにおいて、精神性を深めていくにつれ、自分自身が周りの世界とつながっている(影響しあっているといってもよいでしょう)ことを認識していきます。

 

世界はつながっているから、それぞれに切り離すことができないというものの見方が一元観(東洋哲学)で、私と貴方は別個のものであるように、それぞれが存在しているのだという見方は二元観(西洋哲学)です。

 

ちなみに現代人の私たちが真理のよりどころとする科学(いわゆる西洋科学)は、どこまでも切り分けて分析して、真理を見つけようとしていますよね。

 

どちらが正しいとかいう話は横に置いておいて、この一元観をよく表しているのが仏教の考え方で、日本人にも比較的親しまれている般若心経の色即是空空即是色という言葉に端的に表現されていると思います。

 

むずかしくて意味わかんないという方は、生命科学者である柳澤桂子氏の「生きて死ぬ智慧」をお読みになると良いでしょう。

 

科学者による心訳で、原子レベルの視点から般若心経による宇宙観をわかりやすく解説されています。

 

本ブログ記事は仏教への勧誘ではありませんが、何千年も受け継がれてきているものには、真理があるのだなと感じます。

 

余計な話ですが、「生きて死ぬ智慧」を読んだ後、日本人に多くにとって、ほぼ葬式仏教としてしか縁がなくなっている日本仏教が、この先、世の中がより混とんとするであろう時代に、どう生きるかという考え方を提供するものとして再活用されるだろうかという懸念も感じたことも書き加えておきます。

 

さて、話は戻ります。マインドフルネスは仏教から宗教性を排除したものとして区別されていますが、根っこは仏教の考え方の一部を抽出したものです。

 

マインドフルネスの実践を続けて(深めて)いくと、どこかで一元観による宇宙観(ジョンカバットジン氏は全体性と言っていますが)を知るようになります。

 

一元観によるものの見方を体験すると、世界の見え方が変わります。何故って、自分にとっての大切にするべき価値の基準が変わるからです。

 

誤解の無い様に申し上げておきますが、私は貨幣経済の中で生活していますから、そこを否定しているわけではありませんよ。

 

ただ、今まで経験したことのないかたは、一度、一元観の世界に触れてみることをお勧めします。

 

マインドフルネスを科学的に解説するということ

映画「天使と悪魔」で、ロバートラングドンが言った「ガリレオは宗教と科学は同じことを語る異なった言語だと考えた」という言葉が記憶に残っています。

 

どちらも真理を追求するものでしょうが、西洋文明に染まった私たちは、現代科学で証明できないことは真実ではない、と否定する傾向があるように感じます。

 

いまだに科学で解明できていないことが多く存在するというのに、私たちの思考がいかに柔軟性に欠けているかを表しているように感じます。

 

さて、表題の「マインドフルネスを科学的に解説するということ」ですが、私たちの心は物質的な形が無く、未だ科学で記述できるレベルには至っていないようです。

 

そのため、例えば精神疾患を引き起こす物質的な仕組みについては、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン等のモノアミン神経伝達物質や身体各器官の反応(働き)などで、なんとなく「科学的に」解説されています。

 

私自身、クライアントの方へ科学的な表現でマインドフルネスの効果について正しく解説できるよう、常に新しい情報を得るように努力しています。

 

しかしながら、例えば、人がストレスを受けたときに視床下部が反応して、神経伝達物質によって下垂体から副腎皮質へ反応が起きていくといった現象の根っこの部分、つまり、刺激が扁桃体などを経由して伝わる際、具体的にどの器官がどのような仕組みで自分にとっての善悪をどのように判断しているのか等は、色々調べてもよく分かりません。

 

それらしいことを記述している文献を呼んでも、理解力が足りないのかなんとなくよく分かりません。

 

なので、スッキリと解明されていないから、読んでもよく分からないのだろうと理解しています。

 

マインドフルネスを継続することによって得られる効果は、個々人によって程度は異なりますが現実に存在します。

 

ただ、効果が発現する仕組みが「科学的に」完全に解明されているかというと、まだ道の途中というところでしょうか。

 

マインドフルネス実践で大切なこと

今日は、福岡マインドフルネスセンターで提供している、個人セッションならではのサービスについてお話しします。

 

自己洞察瞑想療法SIMTのコースは、全10回のセッションで構成され、毎月1回のセッションを実施していきます。

 

福岡マインドフルネスセンターでの実践指導は月1回なので、翌月の実践指導日までは、クライアントさん自身で毎日実践をして頂いています。

 

しかし、自分だけで毎日実践を続けるのは、モチベーションの維持が難しいという問題があります。

 

なぜなら、毎日の実践において、劇的な変化を感じられる訳ではありません。

 

変化は、ある程度の期間、実践を継続することで、少しずつゆっくりと訪れるからです。

 

月1回の実践指導の2時間だけで、セッション内容をしっかりと理解出来ない場合もあるでしょう。

 

指導者と、指導を受けるクライアントさんは別人ですから、同じ内容をイメージするための表現が異なる場合もあるでしょう。

 

クライアントさんが内容を理解しているつもりでも、時には自分の理解が正しいのかどうか自信が持てなくなって来ることもあるでしょう。

 

実践中に、新たにわからない事が出てくる事はよくあることです。

 

このように様々な理由で、モチベーションが下がり、実践から遠ざかることになりがちです。

 

マインドフルネスの効果を体感するにために最も重要なこと、それは「継続して実践すること」です。

 

マインドフルネスの本を読んで、頭で理解できても、実践が伴わなければダメなのです。

 

このため、福岡マインドフルネスセンターでは、個人セッションを受講するクライアントさん向けに、SNSを活用した1対1のサポートをおこなっています。

 

クライアントさんは、毎日の実践内容をセンターへ送付し、センターはその都度アドバイスを返信しています。

 

疑問や質問等どんな些細なことでも、実践に係るものであれば、毎日、いつでも尋ねることができ、アドバイスを受け取ることができます。

 

こういったサポートは福岡マインドフルネスセンターにとっては確かに手間がかかりますが、クライアントさんに実践を継続してもらうためには極めて効果的なサポートであると感じています。(おかげさまで好評をいただいていますよ)

 

1日でも早く効果を実感して頂きたい、ご自身だけで実践を習慣づけられるようになって頂きたい、そういう想いでこのサービスに取り組んでいます。

 

自分を変えたいと願う方に、病気を治したいと願う方に、一生使えるマインドフルネススキルを提供します。

 

死について

最近、自分の身内が闘病の末にホスピスで亡くなりました。

 

この世界は無常であり、生まれることも死ぬこともないということは理解しています。

 

それでも、その人を見ることも、触れることもできなくなると、やはり悲しみの感情は生まれますね。

 

それに押しつぶされてしまうことはありませんが・・・。

 

自身のHPで紹介しましたが、マインドフルネスによる終末期ケアの書籍に以下があります。

 

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翻訳が少々読みにくいのですが、終末期ケアを受ける側と、ケアする側の心の問題を、臨床現場での多くの事例で綴っているものです。

 

私は、現在、マインドフルネス心理療法でうつ病等の精神疾患を治す支援をおこなっていますが、将来はターミナルケアの現場でも支援活動をおこないたいと思っています。

 

そして、様々な理由で遺族となった方々のグリーフケアにも取り組みたいのです。

 

こういった自分の存在に関わる問題には、心の奥深い部分まで洞察する深いマインドフルネスが必要です。

 

現在のところ、宗教がその役目を受け持つことがほとんどだと思いますが、その方の信仰にとらわれずに宗教と同様の深さでケアできるマインドフルネスを研究していく必要性を感じています。

 

紹介した書籍の一文から

「愛する人が死んだ時、その人は全てなくなってしまうのだろうか。なくなりはしないが、それは一箇所に変わらない形であり続けるものではない。つまり非局在的なものである。・・・・死んだ人は、その人と関係性を持った人たちの中で生き続ける。・・・・
無常の中では分離できるものはない、私とあなたは無常の中では分離できない。」

「生と死は切り離すことができない。この世界の全てのものは常に変化している。もう少ししか生きることができないという診断結果を受け取ったとき、私たちは自分の人生や運命について吟味し始める。残された日々を治療に費やすか、関係性を大切にし、利他性を心がけながら、自分の注意を心理的な問題やスピリチュアルなことに向けて人生の意味を探し求めるのか、私たちは選択をすることができる。」

 

世界はマトリックスなのか

唐突ですが、私達はバーチャルの世界に生きていると言ったら、思わず引いてしまう人がいるかもしれませんね。

 

これはソッチ系の陰謀論とかではありませんよ。

 

私たちは自分の周りにある事象そのものを直接見たり聞いたり感じたりしているわけではありません。

 

私たちは目や耳 などの感覚器官を通してモノやコトを認識しています。

 

感覚器官を通して電気信号に変換された視覚情報や聴覚情報は、脳内の神経経路により、それぞれ機能を担当する場所に届けられます。

 

そして映像や音等のイメージとして再構成されます。

私達はその再構成されたモノやコトを、現実のモノやコトとして感じているのです。

 

ここで問題となるのは、脳内で再構成されたイメージは、感覚器官で受け取った情報そのものではない可能性がある事です。

 

再構成の際に自分の価値観(フィルターと言ってもいいですけど)いうバイアスがかけられ脚色されてしまうのです。

 

そんなこと信じられないよと思う方は、こういうシチュエーションを考えてみてはいかがでしょう。

 

職場で上司が複数の部下を集めて、集められた皆に何か指示をしたとします。

指示を受けた皆の中で、ある人はいつもと変わらない通常の業務指示として受け取り、別の人はそこに自分に対する叱責のニュアンスが入っていたと感じて不快な気分になったというようなケースです。

 

同じ場で同じ情報を受け取っても、個人によって受け取り方(感じ方)は異なる場合があります。

 

先の場合では、部下が通常その上司をどのような感情を持って眺めているかによって も、上司の言葉の受けとり方、感じ方が変わります。

 

また、同じ話を同時に聞いたとしても 自分の関心がどこにあるかで記憶として残る内容が変わってしまうこともあります。

 

話の内容で関心がある部分は興味を持って正確に受け止め、 関心がない部分は脳内に電気信号として入力されているにもかかわらず、再構成される際に情報として採択されないということでしょうか。

 

心で感じる感覚とはこういうものですから、自分の見聞きしたり、触って感じたりした事が全て真実そのものであるなどとは、到底言えませんね。

 

PayPayについて

今日はマインドフルネスの話題とは全然関係がありません。マインドフルネスの話題を期待している読者の方、ごめんなさい。


事業所の運営に関係したことですが、マインドフルネスアカデミーでは2018年11月下旬から支払い方法の拡充としてPayPayを導入しました。


実は以前クレジットカードで支払いができるように、カード会社数社に審査をお願いしたことがありましたが、残念ながら全て審査落ちしました(涙) 。

 

何とかならないものかなあと思案していると、知り合いの喫茶店でPayPayというものを導入したよという話がありました。
楽天ペイや LINE Pay などは知っていましたが、PayPayもアプリに都度チャージするのは使いにくいんじゃないのかなーと思っていました。

 

とりあえずPayPayの営業マンに来て頂いてお話を聞きましたところ、プリペイド(チャージ)での支払いができるのは当たり前だとして、クレジットカードに紐付けができるというではありませんか。


つまりPayPayで支払いをしようと思う時にチャージの残高を気にする必要がなく、PayPayで支払いをしたぶんだけクレジットカードに付け替えられるのだそうです。つまりこれは、クレジットカードを導入したのと一緒じゃないですか。すばらしい!

 

ということでダメもとで審査をお願いしましたら、通りました(あれっ?何だか拍子抜け)

 

そこで、自分でもPayPayのアプリをダウンロードして使い心地を試してみましたよ。

 

マインドフルネスアカデミーの近くにはファミリーマートがあってPayPayが使えます。

 

使い方はアプリを開いて店員さんがアプリのバーコードをピッと読み取るだけで完了です。

 

別の飲食店でも使ってみましたがそこではレジの横に置いてあるバーコードを自分で読み取って自分で金額の入力をして店員さんに見せて支払いボタンを押して完了というやり方です。調子に乗っていろいろ使いましたが便利です。

 

ちなみにマインドフルネスアカデミーではバーコードを読み取るスキャナー設備はないので、先ほどの飲食店のように、 プリントされたバーコードをアプリでピッと読み込んで金額を入力していただくやり方です。

 

私とクライアントさんの間でお互いに金額を確認して、クライアントさんがアプリの支払いボタンをピット押して支払いを完了していただきます。とっても簡単です。

 

ちなみにPayPayを導入するとアリペイでも支払いができるそうです。
私の業種ではご縁がないでしょうが、インバウンド消費が多い商店の方々にとっては便利でしょうね。

 

 

マインドフルネスの効果2(SIMT事例)

私は福岡市中央区で福岡マインドフルネスセンターを運営していますが、ホームページには受講されたクライアントの改善状況と体験談を紹介しています。

 

詳細にお知りになりたい方にはリンク先をご覧いただくとして、本ブログでは簡単に内容を紹介します。

 

対象としたクライアント様は30代男性で精神疾患の通院歴あり、不安症の症状がまだ残る2018年6月から個人セッションで受講開始されました。

 

開始から半年間SIMTの実践(一日30分の呼吸法及び瞑想、月別の課題実践など)を続けたところで記録をまとめました。

 

記録は調査34項目について、最低の状態を0点とし、問題がない状態を100点として、それぞれの項目の点数を記録し、平均点の変化を見るというやり方です。

 

統計手法としての絶対的正しさを目指しているわけではなく、全体的な変化を見るという視点で取り組んでいることをご理解ください。

 

それによると、このクライアント様はマインドフルネスSIMTの実践開始時は平均50点代前半だったものが、3か月後に70点台後半に推移し、6か月後に80点代前半まで改善が見られました。

 

クライアント様ご自身も状態の改善を実感していらっしゃいます。

 

(私としては、改善支援に貢献できて本当に良かったと感じています。)

 

効果があらわれた最大の要因は、受講での勉強ではなく、毎日ご自身で実践を継続されたことに尽きます。

 

当方として難しいのは、継続して実践するモチベーションをどうやって維持してもらうか、です。

 

月1回の受講だけでは難しいので、当方では、LINE等のコミュニケーションツールでクライアント様とやり取りしながら、モチベーションを維持してもらえるよう工夫しています。

 

こういうサポートの仕方はクライアント様の個性により異なりますので、LINEは一例です。

 

ここでは、効果がみられた事例を記載しましたが、真面目に取り組めば必ず効果が出るとは限りません。

 

マインドフルネスSIMTを含むマインドフルネス心理療法も、また他の心理療法にしても、実践する人と合うか合わないかという問題はありますから、ご自身にあったものに出会えると良いですね。

 

「唯識」とマインドフルネス

 

NHK Eテレにてこころの時代「唯識に生きる」が放送されています。

 

4~5世紀のインドで無著と世親という兄弟によって打ち立てられた「唯識」は、瑜伽行(修行としてのヨーガ)を実践する人々が、瞑想によって自己の奥深くにある心のメカニズムを観察することからうまれたそうです。

 

「唯識」は日々の中で自分を客観的に見つめ、こころの有りようを積極的に変えてゆく具体的な実践を説くといいます。

 

西遊記で有名な玄奘(三蔵法師)はこの「唯識」を中国に持ち帰り、弟子と共に、法相宗をつくります。

 

そして、日本仏教の宗祖達(浄土宗:法然、浄土真宗:親鸞、曹洞宗:道元、真言宗:空海)も、この「唯識」に触れ、学び、それぞれの宗派の考え方の中に活かされているのだそうです。

 

マインドフルネスの根っこは仏教ですから、「唯識」の思想と通ずるところがあるのは当然なのでしょう。

 

第1回の放送では、「唯識」の基本思想「すべては心の中でつくられたもの(起こっていること)である」、「『縁起の理』他の力で生かされている(すべての存在が他との関係の中で生かされて在る)」について解説されました。

 

第2回目の放送では、「自分とは何か」についてでした。

 

マインドフルネスのカウンセラーとして、クライアントに心を観察する技法をお伝えしていますが、その考え方の基礎となっているものは、本放送の内容と相通ずる部分が多いと感じます。

 

日本では宗教アレルギーが強いことから、「マインドフルネスは宗教色を排除したものである」という位置づけにこそ意味があるのでしょう。

 

しかし、例えば終末期のターミナルケアで必要とされるような、死生観に関わる苦しみをあつかうレベルの深いマインドフルネスでは、宗教とマインドフルネスの境界を定めることは難しくなるでしょう。

 

筆者はマインドフルネスと宗教の同一化を押し進める考え方はありませんし、一般的には別物でよいと思っています。

 

ただ、自分を深く知ろうとすればするほど、宗教、哲学、ヨーガ、マインドフルネスの距離は近くなるような気がしています。

 

 

グーグルの残念なマインドフルネス

東洋経済オンラインの記事によれば、セクハラ対策の遅れに対して従業員が抗議行動を起こしているとのことですね。

グーグル炎上!従業員は何に怒っているのか | ロイターより | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

さて、グーグルといえば、マインドフルネスプログラム Search Inside Yourself  で有名です。

 

amazon殿の商品説明によれば

 

サーチ・インサイド・ユアセルフは、「世界的に注目されるマインドフルネス実践プログラム」で「世界の有力企業が続々導入」し「Googleの人材はこの研修で成長する」のだそうです。


具体的には「自己認識力、創造性、人間関係力を高める」効果があるそうです。

 

その効果的なプログラムを社員に提供しているGoogleで、こういう事態が起きているとは、彼らのマインドフルネスとはいったい何なのでしょう。

 

もしかしたら、「実践している社員は少ない」のか、「そもそも真剣に取り組んではいない」のか、それとも「全世界の社員数から見ると問題社員の数は問題にならないくらい極めて少ない」のでしょうか。

 

様々なマインドフルネスプログラムは、それぞれの目的によって、対象とするこころの深さが異なります。

 

対象とするこころの範囲が深ければ、自己中心的な自分に気付きますから、自分をコントロールしながら、相手の尊厳にも注意を払い、上手に関係構築できるでしょう。

 

Googleさんには、セクハラやパワハラ加害者といった利己的で人間関係力の弱い従業員を減らせるように、もっとこころの深い領域まで対象とするマインドフルネスを社員に提供してほしいなと思ってしまいました。